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母の捜しもの

母は財布を布団の下に隠す。
隠したことを忘れ、「財布がない、ない」とあちこち捜している。
最近は空腹感もあやふやなので、食べ物を買いに財布を持ってスーパーに行くこともなくなった。
大して用もない財布を捜している。
「盗まれた」と幻覚を呼び、更に不安になっている。

「なぁ、お金を何に使うん?」
尋ねて、整理してみる。
ヘルパーさん用には、生活費として別のところに小額を置いているので、それで賄ってもらえる。
年老いた小さな体で、美味しいものもそんなには食べれない、一人で旅行にも行かない、特にしたいこともない。
事実が確認されると、一時的ではあるけれど「そやな」と落ち着く。

母の捜しているものは、「安心感」なのだろう。
布団の下に、誰にも盗られないよう隠しておく。
もう食べ物にも娯楽にも替わることのない母の紙幣。
言わばただの紙が、食べ物よりも強い存在感を残すことに、ちょっと驚いてしまう。
ライフラインって、何なのだろう。

政治も世の情勢も不安定で、絶えず変わっていく。
貨幣価値だって変わらないとは限らない。
要するに外部の変化に左右されない意識の安定に、安心感は存在する。
本当のライフラインは、部外者である誰にも盗られることはない。



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浄化

松本サリン事件から15年が経過したことで、先週、当時犯人だと疑われた河野義行さんのドラマが放映されていた。
ご本人のインタビューと、重度障害者となった妻、澄子さんの介護の模様なども交えたものだった。
「初めの一年は長かった。」
「あとはいかに澄子を回復させるかで、あっという間だった」
河野さんは必死で介護にあたっていたので、本当にそのとおりだったんだろうと思う。
その澄子さんが去年お亡くなりになられたとき、「これでこの事件が終わった」と言葉にされていた。

最愛の妻が予期せぬ事態になり、同じく自分も後遺症で動けない中、更に犯人であるとされたことで三人の子供達をも守らなければならない。
長く苦しい一年が過ぎ、ようやく疑いが晴れたあとは、一心に澄子さんの回復に尽力を注いできた。
実際、争っている暇も、被害者でいる余裕もなかっただろう。
ただ目の前の澄子さんの回復と、日々どうしていくかしかなかっただろう。

河野さんは、各方面からのものをそうしてきたように、刑期を終えた元オウム真理教信者である一人の男性の謝罪も、受け入れる。
後に友人となったその男性にコツを教えながら、晴れた渓流で一緒に釣りをする。
「被害者や加害者、そういったものをはずして、人と人だから」
正確ではないが、そういうかんじのことを話されていた。

松本サリン事件において、河野さんという図らずも矢面に立つこととなった人の存在の意味はとても大きいと思うのだ。
この人の考えとそれに基づいた凛とした行動がなければ、事件は誘導されるまま圧倒的な悪と恐怖に覆われた「象徴」として終わっていたかもしれない。

番組を通じて思うのは「浄化」という言葉だ。
戦い、恨み、憎しみ、仕返し
この事件の成り立ちが、誰もが無関係でないところにある。
一方、一人の男性がそれを吸い、抗わず、その生き方で黙々と消化し、やがて一つの終わりを見る。
結果、男性から出てきたものは、無色無臭。
吸い込んだサリンも、一般的には無色無臭とされている有毒神経ガスだ。



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戦争の放棄

「聞く屋」へと出かけると、いつものベンチに先客が来ていた。
戦争の放棄を定めた「憲法9条を守ろう!」と呼びかける方々が演説していた。
署名を求められたがそれにはお断りをし、ビラは受け取った。
私も戦争は御免だ。
「聞く屋」を開く理由のひとつに、その想いがあるからだけど。
そもそも戦争は何故起こり、いつの時代も何故なくならないのか、だ。
平和への呼びかけ、国際貢献、論点、既存の仕方では解決してこなかった。

「戦争反対」と呼びかけるその人たちを横目に、通行人は他人事として距離を保っている。
それでも言葉を掛け続けるその人たちは、身近なものへと距離を縮めようとする人たちなのだろう。
なのでその一歩を、こちら側に踏み入れてみてはどうだろう。
「個」であると呼びかける意味と、消えない戦争の理由が、つながるのではないか。

正義と悪、正気と狂気
物事を分けてしまえば、大方の人が正義や正気の側に立つだろう。
自分は正義で正気だと信じ、その想いを侵害されることを怖れ、守ろうとする。
悪と狂気にも同じく主張する正義はあるので、対立が始まる。
反する方を阻止し、反対し、潰そうとする。
その想いは「戦い」であり、それを「戦争」と呼び、根は同じでつながっている。
対岸ではなく、足元から伸びている。
戦争の放棄は、正義の放棄の結果だと私は想っている。
たとえそれが信じてやまないものであったとしても、何かを盾に対立している限り、根は絶えず戦争はなくならない。

頂いたビラに目を通す。
「求めるなら変化はくる、しかし、決して君の知らなかった仕方で」。
知人から送られた詩集の引用だそうだが、大江健三郎さんの一文が印象的だった。



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瞬の味

娘が台所に立つことが増えている。
食材を買ってきて、味付けも創意工夫している様子なので、回を重ねることになる。
初めは「雨振るんちゃうん?」と娘に言っていたけど、毎回味見には積極的に参加している。

飲食店で働いていることの影響があったのだろう。
創ってみようと思ったのだろう。
料理などまるで興味のなかった娘が、ちがう動きをすることは見ていて面白い。
私自身にも発見がある。

「娘さんがいていいね。女の子は役に立つよ。」と他人から言われると
「料理も手伝いもしないから。息子みたいな娘やで。」と返していたものだ。
いまどき女の子はこうで、男の子はこう・・など線引きする人は少ないけれど、それでも私は内心料理できるほうができないよりはいいと思っていた。
「手伝ってぇな」の気持ちもあるし、できないことへのマイナス感も持っている。
「できない」は、「しなかっただけ」とイコールだった。

それでも「したら?」とは言わなかった。
小さい頃から母がおらず、料理を義務のようにしていた私は、長いあいだ料理嫌いになった。
「嫌い」にするのは気持ちに逆らうことからくるものであることを思っていたからだ。
料理でもなんでも、本来は楽しめるものだろう。
したいときに、したいように
したいときがするとき
したいとするときは同じ
どんどん近づいて重なるとき
ずれがなく、ぴったりのとき
「タイミングが大事」を意識することもない同時なとき、ものごとは動かさないで動く。

出来上がった料理は味わい深くおいしい。
娘二十歳、今限定の瞬の味やん。



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あって困るもの

母が最近忘れてしまったこと
シャンプーの使い方
お茶の入れかた
ゴミをまとめる
収集日のゴミ出し
身の回りのこともあるけど、「なんかふらふらする」と、ときおり空腹感すら忘れている。
忘れていることを忘れてしまうので、母の気持ちの負荷は相殺されて、特に混乱はない。
食べればすぐ元に戻り、シンプルな精神構造に比例して体もわかりやすくそれに応える。
以前は忘れてしまうことを情けなく思っていたような節があり、その頃の母のほうがしんどそうだった。

人間、生きていくうえで、なくて困るものよりも、あって困ることのほうが多いだろう。
勇気も元気もやる気もない
普段、「ない」ことがいけないと意識づいているまともな私は、頑張らなくちゃ、やらなくちゃと自分で苦しくしているけれど、今の母にそんなものはない。
したくないことはしないし、やらない
頑張りや努力、責任感、正義感、罪悪感、比較、世間体や見栄、外見や体裁
なくて困るものじゃない。
物質的な不足感にしてもそれは表面的なことで、元を辿ればすべて精神的なものからくるわけで。
「ない」ことに不便さや不安、怖れを覚える気持ちが「ある」。
あるから困るのだ。

雑多な想いをくっつけて、持ってるから困るんやで。。。
気楽となった母を見ていて、受け取ることのひとつだ。



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Appendix

プロフィール

Author:鮫島利香
昭和37年8月生 福岡県出身

父子家庭、借金、離婚、裁判、障害児、介護...色々な事があったけど、それは出来事にまつわる色々な「思い」がそこにあったということ。
全て「思い」が出来事を問題に変えるのです。
長谷章宏氏のもとで学んだ事を伝えるべく、主に福祉問題について
「TLC匠」にて仕事中。

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